CMの価値は変わったのか?~広告の時代からSNSと口コミの時代へ~
かつて「広告の王様」と呼ばれたテレビCMは、いまやその影響力を急速に失いつつある。
では広告の主役はどこへ?SNS、口コミ、インフルエンサー、そして“伝え方の進化”とは?
キットカットの大胆な戦略転換を軸に、現代のマーケティングと広告の意味を再定義する、社会考察記事。
はじめに:テレビCMの神話
「テレビCMを打てば売れる」。
そんな時代が確かにあった。大量生産・大量消費の高度経済成長期。テレビの前に国民が集い、家族揃ってCMを観ていたあの頃、CMは“魔法の弾丸”として消費行動を強く後押ししてきた。
人気タレントの起用、キャッチーなフレーズ、時に流行語となり、視聴者の記憶に残る名作CMも数多く生まれた。CMは企業の“顔”であり、ブランド価値そのものを決定づける象徴的な存在だった。
しかし今、私たちは改めて問う必要がある。
「その神話は、いまも通用するのか?」
本記事では、かつてネスレ日本でテレビCM戦略を担った高岡浩三氏の証言を軸に、「テレビCMの価値がどう変化してきたのか」を読み解いていく。そして、広告が生き残るための“再定義”とは何かを探っていく。
― あなたが「CMを信じた」最後の記憶はいつですか?
第1章:テレビCMの価値が揺らいだ瞬間
時代が大きく揺れたのは、2024年末のフジテレビ問題だった。
スポンサー離れが一気に進み、CM枠がごっそり抜け落ちた放送は、視聴者に強烈な違和感を残した。
SNSではすぐに「CMがない…」「企業は見限ったのか?」といった投稿が拡散。
それまで“あたり前”だったテレビCMが、急に色褪せた象徴となった瞬間だった。
CMを打っても売上が変わらない。
利益率も上がらない。
その「現実」が、ついに表面化したのである。
ネスレ日本元社長・高岡浩三氏は、すでに20年以上も前にテレビCMの効果に疑問を抱き、人気商品「キットカット」のCMを停止する決断を下していた。
そして2020年代の今、その判断は決して先走りではなかったことが証明されようとしている。
テレビCMの“神話”が、音を立てて崩れ始めた。
第2章:なぜテレビCMが効かなくなったのか
1. 若者のテレビ離れ
10代~30代の多くは、そもそもテレビを見ない。
YouTube、Netflix、TikTokに移行した視聴習慣は、CMスキップが“あたりまえ”の感覚を育てた。
2. ターゲティング精度の限界
テレビCMは「マス広告」ゆえに、不特定多数に届く。
だが、現代は“欲しい人にだけ伝える”広告が主流。
SNS広告や検索広告がターゲティングを高度化するなか、テレビCMの汎用性は裏目に出る場面が増えた。
3. 広告費の投資対効果が不透明
1本数千万円かけても「効果が見えない」。
広告主が求めるのは、定量的に“売上につながった”が測定できるメディア。
そこにテレビは応えられなかった。
メディアが変われば、広告も変わる――それは当然の帰結だった。
第3章:口コミとSNSが主役になる時代へ
「知らない誰か」が一番響く
令和の消費者は、有名人のセリフではなく、“自分に似た誰か”の一言に動かされる。
Twitter、Instagram、TikTok…
一人のつぶやきが数万人に届き、広告よりも深く刺さる。
インフルエンサーとUGCの台頭
タレントの代わりに影響力を持つのは、フォロワー1万の“素人”。
ブランドの価値は、「企業の演出」ではなく「消費者の声」で形成される。
加えて、ユーザー自身が投稿するコンテンツ(UGC)は、広告臭が薄く、信頼されやすい。
もはや「広告」よりも「体験談」が広告として機能する時代に突入している。
広告の力は「説得」から「共鳴」へ。
信用は“企業”ではなく“人”が持っている。
第4章:キットカットの転換と成功事例
CMからの撤退、それは「逆張り」ではなく「必然」だった
2002年、ネスレ日本は人気商品「キットカット」のテレビCMを全面的に停止。
当時の社長・高岡浩三氏はこう語った。
「テレビCMに費やす何億円もの広告費が、本当に売上に貢献しているのか──見えなかった」
その代わりに選んだのは「地域との共創」
彼らは大学受験を控えた学生とその親をターゲットに「受験生応援キャンペーン」を展開。
九州の方言「きっと勝つ(キットカツ)」から着想を得て、縁起物としてのブランド再構築に舵を切った。
結果:CM停止後、売上は1.5倍に増加
一見リスキーな決断。しかし、その裏にあったのは“消費者との距離”を再設計する確かな戦略。
企業が語るのではなく、人が人に語る時代の到来を見据えたマーケティングだった。
ブランドとは「信頼される体験」である。
それはCMではなく、人と人の間で育まれる。
第5章:現代マーケティングにおけるPRと広告の再定義
広告=“伝える手段”から“信頼を築く技術”へ
かつて広告とは「叫ぶこと」だった。
しかし今、叫べば叫ぶほど、消費者は引いていく。
大事なのは、“伝える”ではなく“信じてもらう”。
PRとは、もはや「広報」ではない。
それは、“企業の存在理由”を社会にどう響かせるか、という芸術になった。
“広告=うさんくさい”を乗り越えるPR戦略
PRは信用の構築だ。単なるプロモーションではなく、社会課題や共感軸と結びついた存在感を示すもの。
たとえば「環境に配慮した素材」「地域と連携した企画」など、“意味”が問われる時代。
広告を“空気”に変える技術
現代広告は、もはや“目立たない”ほど効果が高い。
スポンサー表示が目立たないUGC、インフルエンサーのさりげない紹介、話題化を狙った“共感動画”。
これらは、気づかれずに心を掴む。広告という名の「空気」だ。
現代のPRとは「好かれる技術」。
広告の目的は、もう「見せる」ことではなく、「溶け込む」ことだ。
結論:広告の未来と“伝え方”の進化
“売り込む時代”は終わった
かつての広告は「声を大にして語る」ことだった。
今は違う。語らずとも“伝わる構造”を作ること。
それは、共感で刺す、信頼で染める。そんな静かで強い伝え方だ。
テレビCM神話の終焉、そして新たな物語へ
CMは死んだのではない。
その“伝え方”が変容したのだ。
「見る・見せる」から「感じる・語られる」へ。
広告は、消費されるのではなく、共に作られる時代へと進化した。
それは、企業が社会にどんなメッセージを遺せるかの“覚悟”である。
CMは時代遅れだなんて言うな。
伝え方の進化は、今日も誰かの心を動かしている。