
子どもを育てることはいくらの社会貢献なのか
~税金には載らない「社会再生産」の値段~
前回の記事では、
「税金や社会保険料を多く払っているのだから、社会への責任は十分果たしている」
という考え方について、本当にそれだけで社会貢献を清算できるのかと疑問を投げかけた。
そこで今回は、思想論をいったん横に置く。
実際に数字を置いてみよう。
選択的DINKSは、子どもを持たないことで夫婦双方がキャリアを継続しやすく、その結果として多くの所得を得て、多くの税や社会保険料を負担できる可能性がある。
一方、子育て家庭は、
- 出産による所得低下
- 育休や時短勤務
- 子育てそのものへの支出
- 家庭内で発生する膨大な無償労働
を背負っている。
ならば、それらを同じ帳簿へ載せてみればいい。
子どもを一人育てることは、社会貢献としていくらなのか。
1.まず選択的DINKS側の「有利」を全部認める
この試算で最初にやるべきことは、
子育て家庭を有利にすることではない。
むしろ逆である。
選択的DINKS側が持つ経済的な強みは、すべて正当に評価する。
最大の違いは、出産後の所得変化である。
RIETIが市町村の住民税課税記録を用いて第一子出産前後の所得を分析した研究では、女性の所得は出産直後に60~80%減少し、出産4年後でも出産前を約50%下回る状態が確認された。
一方、男性については大きな所得低下が確認されていない。
つまり、同じ能力・同じ年齢の夫婦がいたとしても、
| 夫婦モデル | キャリアへの影響 | 税・社会保険への影響 |
|---|---|---|
| 選択的DINKS | 夫婦とも継続就業しやすい | 比較的大きくなりやすい |
| 子育て家庭 | 特に母親側にChild Penaltyが生じやすい | 所得減に伴い小さくなりやすい |
したがって、
選択的DINKSが「こちらの方が多く納税している」と主張するなら、その追加納税分は社会貢献として満額評価すべきである。
ここに異論はない。
OECDの最新のTaxing Wagesでも、日本の平均的な単身労働者のtax wedgeは2025年に33.1%となっており、労働所得から税・社会保険等へ相当な負担が生じていることが確認できる。
高い所得を維持し、それに応じて多くの負担をしているのであれば、それは明確な社会運営への貢献である。
問題は、
その数字だけを見て、子育て家庭の貢献を「それ以下」と判断してよいのか。
ということである。
2.子ども一人を18歳まで育てる費用は約2,173万円
まず、最も分かりやすい金銭負担から見てみよう。
国立成育医療研究センターが2025年に公表した調査では、0歳から高校3年生までの第一子の子育て費用は、
預貯金・保険を除いて
21,727,154円
つまり、約2,173万円である。
子どもが2人なら、単純計算で、
2,173万円 × 2人
=約4,345万円
もちろん、この4,345万円をそのまま「社会貢献額」とするのは乱暴である。
子どもと一緒に遊びに行く費用や、家庭自身が得る満足まで、すべて「社会のために払った金」とするのはおかしい。
そこでこのシリーズでは、あえて保守的に考える。
仮定:
私的な子育て支出のうち、社会構成員を育てるための社会再生産価値として50%だけを認める。
すると、
4,345万円 × 50%
=約2,173万円
子ども2人家庭について、まず約2,173万円を「家庭が私費で担った社会再生産コスト」と仮置きできる。
ただし、これでもまだ半分しか見えていない。
3.最大の見落とし――「タダ働き」になっている育児
育児には、金銭支出とは別に膨大な労働が存在する。
- 授乳・食事
- おむつ交換
- 着替え
- 寝かしつけ
- 夜泣き
- 送り迎え
- 通院
- 学校・園との連絡
- 宿題や生活習慣の指導
市場で他人が行えば、それぞれに賃金が発生する。
しかし親が家庭内で行えば、
給与 0円
所得 0円
納税額への反映 0円
となる。
では、本当に価値まで0円なのか。
内閣府経済社会総合研究所は、こうした無償労働について、「第三者に代替可能な活動」を市場賃金等で貨幣評価する推計を行っている。
2021年の「6歳未満児のいる共働き夫婦」では、育児活動の貨幣評価額は、
| 担当 | 年間の育児労働評価額 |
|---|---|
| 夫 | 約67.9万円 |
| 妻 | 約189.0万円 |
| 夫婦合計 | 約256.9万円/年 |
これが大きい。
例えば、3歳差で子どもを2人育て、少なくとも1人が6歳未満である期間を約9年間と単純化すると、
256.9万円 × 9年
=約2,312万円
になる。
もちろんこれはモデル上の単純化であり、「2人育てれば必ず2,312万円」と断言する数字ではない。
しかし少なくとも、
家庭内で行われる育児労働を「社会貢献0円」と扱う方が、むしろ不自然である。
4.「失った給料」も全部ポイントにしていいのか
ここで別の問題が出てくる。
出産によって母親の所得が下がるなら、
「失った給与も、そのまま社会貢献ポイントにしてはどうか?」
という考え方である。
しかし、これは危険だ。
たとえば同じ1時間の育児をしても、
| 親の本来の年収 | 育児1時間の価値 |
|---|---|
| 300万円 | 低く評価 |
| 2,000万円 | 極端に高く評価 |
となってしまう。
同じおむつ交換でも、
年収2,000万円の人がやれば社会貢献価値が何倍にもなる――。
これはおかしい。
そこで、この試算では二つを分ける。
所得低下
→ 選択的DINKS側の税・社会保険拠出が多くなる要因として反映。
育児労働
→ 親本人の所得ではなく、第三者が代替した場合の社会的価格で評価。
こうすれば、
選択的DINKSのキャリア継続も正当に評価しつつ、家庭内育児も「0円労働」にしない。
少なくとも比較としては、こちらの方が公平だろう。
5.ここまでを「社会再生産会計」に載せてみる
では、ここまでの数字を一度まとめる。
子ども2人を育てる家庭について、標準モデルとして、
| 項目 | 査定額 | 考え方 |
|---|---|---|
| 子育て実費 | 約4,345万円 | 実際の家計負担 |
| 社会貢献として認定 | 約2,173万円 | 私的便益を考慮し50%評価 |
| 無償育児労働 | 約2,312万円 | 6歳未満児がいる期間を約9年と仮定 |
| 直接的な社会再生産価値 | 約4,485万円 | 現時点で査定できる範囲 |
つまり、子ども2人家庭について、
将来の子どもの納税額を一円も入れず
約4,500万円
の社会再生産価値が見えてくる。
ここで重要なのは、
- 子ども本人の将来所得
- 子ども本人の将来納税
- 子ども本人の社会保険料
- 将来行う仕事
を一切親の功績として加えていないことである。
それらは当然、子ども本人の社会貢献である。
6.では、選択的DINKSの追加納税と比べたらどうなるのか
ここでようやく比較ができる。
選択的DINKSは、
- 育休による所得減がない
- 時短勤務の必要性が小さい
- 出産後の離職リスクを負わない
- 夫婦双方が昇進・転職を選択しやすい
ため、生涯所得が子育て家庭より大きくなる可能性が高い。
その結果として発生する追加納税・追加社会保険負担は、選択的DINKS側の社会貢献として当然加点する。
しかし、一つ注意しなければならない。
「選択的DINKSはいくら多く納税するか」について、全国の同一人物を“子あり世界線/子なし世界線”で生涯追跡した完全な統計は存在しない。
そこでこのシリーズでは、
RIETIが確認した出産後の所得低下を参考に、同じ夫婦が、
世界線A
選択的DINKS
夫婦双方が継続就業し、通常の年齢別賃金カーブを進む。
世界線B
子ども2人家庭
第一子・第二子出産後に、母親側へChild Penaltyを反映させる。
という反実仮想モデルを使う。
ここで選択的DINKS側の生涯所得が数千万円高くなり、その結果として税・社会保険拠出が多くなったなら、
その数千万円分の追加拠出は、遠慮なく選択的DINKS側へ加点する。
それでも子育て側には、先ほど見た約4,500万円規模の直接的社会再生産が存在する。
つまり比較すべきものは、
選択的DINKS
+ キャリア継続による追加納税・社会保険
子ども2人家庭
+ 子育て実費の社会的部分
+ 無償育児労働
である。
この時点で、少なくとも、
「納税額だけ見れば選択的DINKSの方が上だから、社会貢献も上」
という単純な比較は成立しなくなる。
7.ところが、この計算にもまだ巨大な穴がある
ここまでで、子ども2人家庭には約4,500万円規模の「直接的な社会再生産価値」がある、と仮置きした。
しかし、計算しながら一つの違和感が残った。
本当に、
「育てるのに使った金+育児労働」
だけで、その価値を査定してよいのだろうか。
例えば、ある家庭が子どもを一人成人まで育てたとする。
その子が将来いくら所得税を払うかは分からない。
医師になるかもしれない。
職人になるかもしれない。
研究者になるかもしれない。
介護される側になるかもしれない。
その未来の成果を親の功績として先取りすることはできない。
しかし、
その人間が未来に存在する可能性を
「0」から「1」にしたことまで、
本当に0円なのだろうか。
さらに、その人が将来子どもを持てば孫が生まれる。
孫がまた誰かを育てれば、その先にも社会が続いていく。
もちろん、
「孫やひ孫が払う税金まで全部最初の親の功績」
とするのは明らかにおかしい。
だが逆に、
「未来へ人間を一人送り出したことで生まれた可能性は完全に0円」
というのも、どこかおかしい。
ここで、社会貢献会計は単なる家計簿では済まなくなってくる。
まとめ ― 税金には載らない「社会再生産」
今回の考察では、選択的DINKS側の経済的な強みを否定しなかった。
子どもを持たずキャリアを継続し、高い所得を得て、多くの税金や社会保険料を納めるのであれば、それは正当に社会貢献として評価すべきである。
しかし同時に、子育て家庭についても、
- 子どもを育てる私的支出
- 家庭内で行われる無償育児労働
- 出産・育児によって生じるキャリア上の犠牲
を完全に0円として扱うことはできない。
標準モデルでは、子ども2人について、
子育て実費の社会認定分
約2,173万円
+
無償育児労働
約2,312万円
約4,485万円
という社会再生産価値が見えてきた。
しかし、まだ計算していないものがある。
「人を未来に残す」という行為そのものには、どれほどの価値があるのか。
子どもの将来納税額を親へ付けるのはおかしい。
しかし、その人が存在しなければ、その人が持っていたすべての未来の可能性も存在しなかった。
次回は、
「未来に人を残すこと」には、いくらの価値があるのか
を考えてみたい。



